キャリアの原点となったBCU

―現在のご職業、業務内容について教えてください。
今は旅行会社で、国内旅行の手配、予約受入れ、添乗員をしています。学生時代は、地元淡路島で地域づくりの活動をしていました。社会人になってからは、卒業生でNPO法人を立ち上げて、淡路島洲本市で活動する大学生のサポートも行なっています。淡路島の大学生のサポートも行っています。この2026年4月より淡路島観光アンバサダーにもなりました。また、観光マネジメントを学ぶために大学院にも通い始めました。
―当時、BCUに参加しようと思った理由はどんなものだったのでしょうか?
参加したのは2019年、大学2年生の頃、BCUの事務局をしていた先輩からの誘い(その先輩も前年の参加者)がきっかけでした。さらに、今治が出身の淡路島と似ている環境だったこと、小学校の時にサッカーをしていたことも追い風になりました。
―記憶に残っているエピソードがあれば教えてください。
「地域の役に立ちたい」という思いで参加した私たちは、どこか歓迎されることを期待していました。しかし、フィールドワーク中、ある移住者の方から厳しい現実を突きつけられました。「やりたいと言う人は多いが、実際に来るのは半分。2回以上来るのはさらにその半分。何かを始めるのは一握りで、継続する人はゼロだ」この言葉を受け、表面的な部分だけを見て「貢献したい」と簡単に口にしていた自分たちの覚悟の甘さを痛感しました。
また、それまで経験のなかった共同生活は当時の自分には刺激的でした。前半のゲストハウスでは、鍋パーティーで地元の人と交流したり、後半は参加メンバーの父親が暮らすマンションの一室に居候をさせていただきました。そこで夜な夜なメンバー間で議論していたのは申し訳なかったですが…(笑) 最終プレゼンを終えて、自分たちのチームは、サイボウズ罰という賞(?)をいただき、追加で1年間今治市で活動をしました。その中でも仲良くなった市民の方にホームステイをさせていただいたり、色んな縁で沢山のつながりができたのがいい思い出ですし、結局は、今治の人の懐の深さがなせることなのかなと感じました。
―BCUに参加したことでどのような学び・成長がありましたか?
私たちは、最終プレゼンで「段々畑を活用したゲストハウスをしまなみ海道に作りたい!」と発表しました。ところがアイデアの詰めが甘く、青野さん(サイボウズ株式会社 代表取締役社長)から、「現場を見てこい!」という「現場を見ることが何よりも大事」というメッセージをいただきました。BCU期間中のその実践が一番の学びになっていますし、現在の自分の行動の根底にあります。
また、自分のチームでは事件があって、最終日の朝になってもアイデアが全然まとまらず、発表を辞めようという話まででました。どうせ辞めるなら思っていることを言い合おうということになり、悪口大会みたいになって...(笑)しかも、他人様の家で朝5:30の出来事です。その結果、実はお互いのことを見えていることが分かったり、思っていることを言いあったことによって、心もすっきりしただけじゃなく、すんなりと役割分担ができ、結局最後の30分で仕上げて発表に望むことができました。本音で語る、ぶつかることの大切さを身をもって体感することができました。
―BCUでの経験が今の仕事でどう活きていると思いますか?
BCUでの経験が、自分のキャリアの原点でもあり指針になっています。観光業の職につきたいという希望がありましたが、現場を見る重要性を重視し、ゲストハウス運営(点)からキャリアを開始しました。その後、東京にあった淡路島洲本市のアンテナショップで観光案内や物販などの観光業務(面)を経て、現在の旅行会社にて、両面を活かせる業務についています。さらに、今後より地域の活動を発展・継続させるためには経営的な視点を持つ必要があると思い、大学院に通い始めました。これらも課題を発見し、解決策を考えチャレンジをするというBCUの本筋が活きていると思います。
―これからBCUに応募しようと思っている人へメッセージをお願いします。
Be a Change marker!変革者たれ!
ぜひBCUで自分自身やメンバー、そして今治と向き合ってください。帰る頃には、少し背を伸ばした自分が今治に夢中になっているでしょう。

